「緻密な原価計算が感じられて窮屈」
近頃のような物価の高い情勢のなかでは、いくらチェーン店とはいえ低価格で料理を提供するのは大変なことだと思います。一円単位ではなく、一銭単位でのコスト管理がなされているのではないかと感じられますし、大規模チェーンではそうしたことで利益に莫大な違いが生まれるのでしょう。
私のようにたまにしか外食することのない人間が久しぶりにチェーン店にいくと、以前に来た時と比べてちょっとしたことが変わっていることがよくあります。紙ナフキンのサイズが小さくなっていたり、テーブル上の調味料がなくなっていたり、などです。
料理の味や質についての違いは分かりませんが、原材料の調達・保管・加工・流通から調理・提供に至るまで、様々な過程において緻密な原価管理が行われていると思います。
こうした企業努力についてはたびたびテレビ番組でも取り上げられていて、私のような素人でもそうした現状を垣間見ることが出来ます。そうしたテレビ番組では番組自体の趣旨によって、それが先進的な経営手法のひとつとして取り上げられることもありますし、“すべてはお客様の満足のために”といった企業のイメージ戦略の一環として宣伝されることもあります。そして、大体の場合、そうした番組にはやり手の経営者や責任者が登場します。
しかし、チェーン店でそうした“経営努力”を実際に間近にしてみると、私はなんとなく窮屈な感じがします。
サービスが悪いとか、そういうクレームをつけたいという訳ではありません。なんというか、客である自分という一人の人間が“お金”と“時間”という観点によってバラバラにそして細かく切り裂かれている、そんな気がするのです。そして、その“バラバラ”にされた自分に対して小さな満足感を“バラバラ”に提供するのがチェーン店のサービスであるかのような気がします。
そうした“バラバラ”にされた店のサービスは、私に小さな満足感を与えたり、逆に低価格を理由に私に小さな譲歩を要求します。私はこうした状況にフラストレーションを感じるのです。